Kai × Max

君待つ人

いつの間にか、傍にいることが当たり前になっていた。
そのことに気付いたのは、マックスに渡米する意志を告げられた時だった。

いつも待ち合わせに使っているカフェで向かい合って座ったマックスは、話し終えると目を伏せ、カイの言葉を待った。
神妙な面持ちから、彼の覚悟が伝わってくる。

そんなマックスにカイは何も言うことができず、代わりにすっかり冷めてしまったコーヒーをすすった。
いつもなら美味しいと感じるその味も、今はただ苦いばかりだ。

マックスがアメリカに行く。
日本を出ていく。
――自分の前からいなくなる。

告げられた事実に、カイは自分でも意外なほどに動揺していた。
表情に出すことこそなかったが、内心では嫌な汗が止まらない。
その先を考えることを放棄するかのように、頭が上手く働かない。

「カイ、何か言ってヨ」

彼らしからぬ固い声が、カイに返答を求める。
これからどうするのか。
これからどうしたいのか。
カイの答えを待っている。
そしておそらく、カイの答えが何であろうと、マックスは何も言わず受け入れるのだ。
それだけの決意が、今の彼からは感じられた。

こうなれば、何を言ってもマックスは折れない。
ふわふわした外見や普段の穏やかな性格からは想像しがたいほどに彼は頑固だった。
それは、まだお互い子どもだった頃、共に挑んだアメリカ大会の決勝でいかんなく発揮された。
強い意志の込められた揺るがない瞳は、あの頃と全く変わっていない。

そんな彼に、自分は何を言うべきか。
……いや、初めからカイが言えることはひとつしかない。

カイは渇いた喉を潤すため、コーヒーを一口含む。
今度はちゃんと美味しいと感じた。

「……俺が何を言おうが、お前はもう決めたんだろう」

突き放すような物言いに、マックスの瞳が躊躇うように一瞬揺れた。

「いいノ?僕が向こうに行っても」
「俺が行かないでくれと縋りつくとでも思ったか?」

そうじゃないけど、とマックスは口ごもる。

その様子にカイは幾分か安堵した。
マックスの中にもまだ、カイに対する執着が残っている。
そのことが、カイの出した答えに対する確信を大きくする。

「安心しろ。引き留めるつもりなど毛頭ない。どこへでも好きな所に行けばいい」

そうだ、これでいい。

カイは胸中で自分に言い聞かせた。

平静を取り戻した頭で、ひとつひとつ物事を整理していく。
自分は、共にアメリカに渡ることはできない。
夢を叶えるために渡米するマックスを引き留めることもできない。
では、どうするのが互いにとって1番いいのか。
関係を清算して、友人に戻るというのもひとつの手だろう。
元から自分たちの関係は祝福されないものだ。
けれど、とうの昔にそんなことは覚悟の上で今の関係を選んだカイの頭には、初めからその選択肢はなかった。

顔を強張らせてこちらを見つめるマックスに、カイは頬を緩める。
お前が心配するようなことは何もないのに。

「俺はどこにも行かない」

彼の父親が、そうしたように。

「お前は、その気になったら戻ってくればいい」

待っているから。

カイの性格ではそこまで口に出来ず、言外にそう含ませる。
言わずとも伝わるという自信はあった。

予想通り、マックスは大きな瞳を更に大きく見開き、すぐに破顔した。
安心したように体の力を抜くと、背もたれに寄り掛かる。

「ありがとう、カイ」
「別に、礼を言われる覚えはない」

ただ、カイがそうしたいからそうするだけだ。

だが、マックスは首を横に振った。

「ううん、あるヨ。感謝してもしたりないくらい。……だって、僕もダディもすごく淋しかったのに……」

幼い頃から、父と2人、ずっと母の帰りを待ち続けてきた。
今度はマックスがカイに同じ思いをさせることになる。
その辛さを知るマックスには、とてもじゃないがカイに待っていてくれなどとは言えなかった。

心底ほっとした顔で、カイをまるで神々しい何かのように見るマックスに、カイはフッと笑った。

「舐めるな。俺はそこまで弱くない」
「でも僕、カイがそんなに強くないことも知ってるネ」
「調子に乗るな」

睨みつけてやるも、マックスは既にいつもの調子を取り戻してけらけらと笑う。
その笑顔を見ていると、渡米することを告げられてあんなに動揺してしまったことが不思議に思えてくる。

自分達は大丈夫だ。
彼の両親が今も変わらず仲が良いように。
何の確証もないが、カイにはそう思えた。

今更使い古されているであろうマックス渡米ネタ。

(12.11.28)

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