水面に反射した夏の日差しのせいで川側の半身が一際熱い。
ただでさえ焼けるような暑さだというのに、その熱がさらにレイの体力をじわりじわりと削っていく。
体力に自信のあるレイだが、それでも日本のこの蒸し暑さには厳しいものがあった。
特にここ数日は猛暑日が続き、仲間達の中には既にバテ始めている者もいた。
そのひとりは、レイにおつかいを任せ、今も木ノ宮家の一室で大の字で寝転がっていることだろう。
出がけには元気がなさそうな彼の様子に同情も覚えたが、こうも暑いとその憐憫も失せてしまう。
レイは本来なら2人で運ぶはずだった大量の買い物袋を抱え直し、ひたすら足を動かすことだけに意識を集中させた。
気を逸らせば、頭上で鬱陶しく輝く太陽と、それと同じ色の髪を持つ少年を重ねて恨み言を言ってしまいそうだった。
◆ ◇ ◆ ◇
木ノ宮邸に帰り着いたレイは、購入物を片付けると真っ直ぐ道場へ向かった。
出かける前はそこでマックスがごろごろしていたのだ。
しかしレイが扉を開けた室内に人の姿は見当たらない。
考えてみれば、この暑さでクーラーのない道場内は蒸し風呂状態だ。
どこか涼しい部屋へ移動したのだろう。
全く悪いことではないが、炎天下から帰宅したばかりのレイには少々腹立たしく思える。
居間を覗き、そこにも姿が見えないので次にタカオの部屋を覗く。
そこでようやく、床の上に手足を放り出して仰向けに寝転がったマックスを見つけた。
しかも室内は涼しいを通り越して寒い。
レイは大げさにため息をついて室内に足を踏み入れた。
汗をかいていた体が冷気に触れて小さく震えた。
マックスはごろりと寝返りを打ち、レイの方を向いた。
いつもは生き生きと輝いている大きな瞳が、今は気だるげに眇められ、暗い色をしているように見える。
やはり体調が思わしくないのだろう、その様子に、先ほどまで不信感を抱いていたことが後ろめたくなる。
「この部屋寒すぎるぞ。いくら暑いからってこれじゃ体に良くない」
後ろめたさを誤魔化すように気遣いの言葉をかけ、クーラーの温度を上げる。
マックスはああ、だか、うう、だかよく分からない呻き声のような返事をした。
レイは寝そべるマックスの隣に膝をつき、その顔を覗き込む。
顔色はそう悪くはないが、そこにいつもの明るさがない。
「熱は測ったのか?」
そう聞きながら、前髪を掻き上げ、マックスの額に手を当てる。
外から帰ってきた直後でレイ自身の体温が上がっているせいか、さほど高くは感じない。
「レイ……」
マックスが額に乗ったレイの手に自分の手を重ね、指を絡ませてきた。
「どうし――」
た、と聞こうとして、言い終わる前にレイは強く手を引かれた。
ぼんやりとした表情からは意外なほどの力で引っ張られ、危うくマックスを押しつぶしそうになったが、慌てて空いている方の手で前に傾いだ体を支える。
熱に潤んだ濃い青が間近にある。
涼しい室内で淡く色づいた桃色の頬に、マックスには似つかわしくない艶めかしさを感じて、レイはごくりと唾を飲み込んだ。
「マック――」
名を呼ぼうとして、またも遮られた。
マックスの両腕がレイの首に回る。
重ねられた唇がいつもより熱いように感じる。
開いていた口の間から、ぬるりとマックスの舌が侵入してきた。
緩慢な動きでレイのそれに絡みつき、ちゅっと吸い付いて離れていく。
「ねぇ、シヨ?」
とろんと熱を孕んだ瞳が、間近でレイを誘う。
めずらしい直接的な誘いに、レイは金色の双眸を丸くした。
平時でないマックスの体調を思えば、当然レイが理性を保つべきだ。
しかし、据え膳を食わぬというのも少々勿体ない気がする。
「レイー……」
焦れたようにマックスがレイを呼ぶ。
それでも迷っていると、濡れた唇が再度近づいてきた。
――誘ってきたのはマックスだ。
俺が悪いんじゃない。
レイは誰に言うでもない言い訳をし、甘美な誘いに身を委ねた。
◆ ◇ ◆ ◇
「レイ~、熱い~、だるい~」
額に熱さまシートを張り付けたマックスが呻く。
結局、翌日になってマックスは熱を出した。
だがその顔は何故か昨日よりも明るい。
レイは横になっているマックスの隣に座り、昨日よりも赤い顔を見下ろした。
熱さまシートの上に触れてみれば、既に温まってしまっている。
体温計で測るまでもなく、昨日よりも熱が上がっていると分かった。
「熱さま変えるぞ」
「うん」
包装紙から熱さまシートを剥がしながら、にこにこ笑うマックスを呆れたように見やる。
「何?」
マックスがレイの視線に首を傾げた。
「いや、昨日とえらい違いだなと思って。昨日の方が辛そうだったぞ」
「確かに、昨日の方がしんどかったかも。今日の方が頭痛いけどネ」
そう言ってマックスはけらけら笑った。
レイは溜め息を吐くと、勢いよくマックスの額から熱さまシートを剥ぎ取り、そこに新しいシートをパシリと張り付ける。
マックスはその冷たさに、ひゃっと小さな悲鳴を上げた。
そしてまた楽しげに笑う。
レイはもうひとつため息を吐いた。
「大人しく寝てろよ」
「うん、分かった」
言われて、マックスは大人しくタオルケットを被る。
それを見て、レイはよし、と頷いた。
「何か欲しいものあるか?飲み物とか」
「ううん、いらないからここにいてヨ」
可愛い恋人の可愛いお願いだ。
聞けないはずがない。
レイは上げかけていた腰を下ろした。
ここにいると言外に込めて、マックスがタオルケットから覗かせた手を握る。
マックスは本当に昨日より気分は悪くないようで、普段通りの表情を浮かべている。
そのことに安堵しながらも、少しばかり昨日のマックスを惜しく思ってしまう。
「時々はああいうのも良いんだけどな……」
「何か言った?」
「いや?」
何でもない、と誤魔化して、レイは熱さまシートを貼った額にキスを落とした。
特にオチも意味もない。
(14.08.18)