Rei × Max

ボクの背中には羽根がある




*未来設定




Side.M

潮鳴りが淋しげに響いていた。
その音が、話始めたレイの言葉と共に静かに引いていく。
沈んでいた気持ちがふわりと浮かび上がった。
まるで、レイの言葉によって僕の背中に羽根が生えたかのように。
ふたりでならどこまでも飛んで行けると、そう思えたのだ。

○ ● ○ ●

「上手くいってんだな」

電話の向こうのタカオが安堵の息を吐いた。
3年前に日本を出る時、お前達なら大丈夫だと背中を押してくれた優しい友人は、自分の言葉に責任を感じていたのかもしれない。
もし僕達が上手くいかなかったら自分の無責任な発言のせいかもしれないと頭を悩ませていたのだとしたら悪いことをした。
僕達は本当にタカオが心配するようなことは何もないのだ。
気がかりがあるとすればそれぞれの国に残してきた人達のことだが、こうして連絡をとる手段はあるのだし、彼らの方こそ僕らに心配されるようなことは何もないだろう。

「タカオ、本当にありがとネ」
「何だよ、改まって」
「いつも思ってるネ。僕たちふたりとも、タカオにはすごく感謝してるヨ」

やめろよ、と照れたタカオが焦ったように声を上げる。

その様子を笑う僕に、タカオは再度真剣な声で念を押した。

「本当に、何かあったらすぐ連絡しろよ。絶対だからなっ」

言外に、僕らの味方だと言うタカオの言葉に胸を突かれる思いがした。
力強いタカオの声は、いつも僕に力をくれる。
僕らを思いやる気持ちが溢れる言葉を噛みしめて、僕は優しい友人に頷き返した。

「大丈夫。僕、今、幸せなんダ」

別れの挨拶を交わして会話を終えたスマホをポケットに突っ込み、僕は帰路を進む足を速める。
タカオの言葉で温まった気持ちが、彼に早く会いたいと急かしていた。

ふたりで暮らしているアパートの階段を1段飛ばしで駆け上がり、急いで玄関を開けた。

「ただいまぁ!」
「おかえり。そんなにでかい声出さなくても聞こえるぞ」

レイがおかしそうに笑って出迎えてくれた。
とは言っても、狭い1Rのため、キッチンにいれば必然的に来訪者を出迎える形になる。

「いいノ!僕が言いたかっただけだカラ」

そう言ってレイの腕に飛び込めば、僕より少し大きな手が優しく頭を撫でてくれた。
そのまま引き寄せられるように唇を合わせる。
ゆっくりと啄むようなキスを重ね、抱きしめられた。

レイが僕の髪を梳きながら、耳元にちゅっとキスを落とし、笑いを含ませた声で囁いた。

「このままここで盛り上がるのもいいが、そうすると夕飯が大幅に遅れるぞ」
「もぅ、そんなんじゃないヨ!」

持って帰った買い物袋を押し付けるようにして体を離せば、レイは冗談だと笑って、袋を受け取った。
その中から牛乳を取り出し、作りかけのシチューに入れる。

「さっき、タカオから電話があったんだ」

コートを脱いでハンガーにかけながら、僕はレイに先程の電話の内容を話した。

「すごく心配してたけど、こっちは大丈夫だって言ったら少し安心したみたいイ」
「あいつは昔から仲間思いだからな。その代わり、自分の無鉄砲さで周りに心配をかけることも多いが」
「最近は大人しくなったでショ」
「まあな。俺らの心配をするのに忙しいんだろう」

レイは冗談めかして言ったが、完全に外れとも言えないだろう。
今の僕らの暮らしぶりを知れば、タカオでなくとも心配になる。

日本を出てから3年。
僕らは欧米を中心に世界各国を転々としてきた。
日々の生活費は、その地でアルバイトをしたり、賞金の出るベイの大会に出場したりして稼いだ。
贅沢のできない慎ましやかな暮らしではあるが、僕は今の暮らしを結構気に入っていた。

この狭いアパートもそうだ。

僕はダイニング用の椅子に後ろ向きに腰掛けた。
こうすれば、キッチンに立つレイは勿論、玄関までが視界に収まる。
このアパートも含め、日本を出てから暮らしてきた部屋の全てが、僕がこれまで暮らしてきた家とは比べ物にならないほど狭く、成人男性が2人で暮らすには不向きと言えた。
だが、家のどこにいてもレイの存在を感じられるこの部屋が、僕は好きだった。

お金はない。
慣れ親しんだ人や町からも遠く離れた場所にいる。
それでも、タカオに答えた言葉に嘘偽りなく、僕は今間違いなく幸せだった。

けれど、時折不安になることがある。

「ねェ、レイは後悔してナイ?」

鍋をかき混ぜていたレイが、鍋から顔を上げた。
僕と目が合うと、呆れたように笑う。

「お前、まだそんなこと気にしてたのか?」

お玉を置いたレイが僕の隣までやってくる。
その距離、約3歩。
椅子に座る僕の頭を抱き寄せて、宥めるようにぽんぽんと叩いた。

レイの胸に抱きこまれるような形になった僕は、服越しに聞こえる心音に目を閉じた。

レイは、僕のために故郷を捨てた。
正式に長になれば、村の娘と婚姻を結ばなくてはならないし、これまでのように気軽に村の外には出られなくなる。
だからレイは、僕の傍にいるためにそれらのしがらみを拒否した上、村の外で生きていくことを決めたのだ。

村を出ると決めたレイは、一族のしきたりに則り、白虎族を永久追放となった。
しかしこれらはあくまで表向きで、体裁を取り繕うためのものらしい。
現に、レイの代わりに族長になったライに預けられたという体で白虎は今もレイと共にあるし、稀にではあるが、マオやキキらとこっそり手紙のやり取りもしていた。
だが、レイは2度と故郷の土を踏むことはできない。
両親や友人と電話1本で気軽に言葉を交わし、帰りたくなれば日本にもアメリカにも行ける僕とは違う。
レイにはもう、おかえりと言ってくれるふるさとがないのだ。

そんな僕の憂いを、レイが杞憂に変える。

「俺は後悔したことなんて1度もないぞ」
「ツラくナイ?」
「そう言うお前は?」

問われて僕は顔を上げた。

間近にあるその顔は、既に僕の答えを知っていると告げてくる。
それでも、僕の口からその答えを聞きたいのだろう。
少し意地悪な彼の思惑に、しかし僕はのってやらなかった。

「分かってるくせニ」

明言を避けた僕に、レイはそれでも満足したらしく、嬉しそうに目を細めた。
次いで、僕の額に優しいキスが降りてくる。

「なら、ずっと一緒に生きていこうな」
「その台詞、2度目だネ」
「何だ、覚えてたのか」
「当たり前でショ」

レイのその言葉が、あの時、動けなくなってしまっていた僕を自由にしてくれたのだから。
自分の気持ちは分かっているはずなのにどうしていいか分からず、先が見えなくなっていた時、ふたりでならどんな辛い未来も超えていけると、そう思わせてくれたのだから。

ふたりで生きるために、お互い失くしたものがある。
しかし、そうしなければ得られなかった、ここにしかないものもある。

僕はその、ここにしかない優しい温もりに腕を回した。





Side.R

初めてふたりだけで来た海は、閑散とした暗い冬の海だった。
静かな緊張感を抱えたまま、何度もためらい、ようやく口を開く。
張りつめていた空気にひびが入った。
ずっと言えなかった言葉。
ずっと考えていた未来。
涙を浮かべて破顔したマックスに、これで正しかったのだと悟った。
照れ隠しに前髪を掻き上げる俺を、マックスがからかう。
それすらも幸福だった。

○ ● ○ ●

カーテンの隙間から差し込む月明かりの下、狭いベットで身を寄せ合って、俺の腕の中で眠るマックスの髪を撫でる。
穏やかに寝息を立てているその横顔に、かつての憂いはない。

3年前、俺は故郷に別れを告げた。

村の中で生きていくことや、ましてや白虎の民として生きていくことに不満があったわけではない。
だが、どうしても手に入れたいものがあった。
そしてそれは、村の外にあった。
自分に課せられている責任も義務も重々承知の上で、それを投げ出すと言った俺を、故郷の仲間達は責めなかった。
俺が将来に迷っていることに気付いていたのだろう、彼らは何も言わず俺を見守り、そして俺の決断を受け入れてくれた。
例え故郷を離れたとしても、彼らとの絆が消える訳ではないと思えた。

だから、一族を抜けたことについては後悔していない。
かつては、戦闘民族としての秘密を守るため、一族を抜けようとした者は粛清されていた時代もあった。
しかし時代の変遷と共に、白虎の民として得た知識や能力を他者に漏らさず、一般人として生きていくということを条件に、今では一族追放という処分に留まっている。
いくら外に開けてきたとはいえ、高い戦闘能力を持っている以上、これが最大限の譲歩だった。
それを全て理解した上で、選んだ道だった。

しかし、マックスはそうは思わなかったらしい。
マックスは人一倍家族を大切にするやつだから、俺にとって家族に等しい一族を手離させた責は自分にあると考え、自分を責めたのだろう。
時折、悲しげな目で俺を見た。

俺の決断に罪悪感を抱いているマックスを見て、俺は、村を出たら告げようと思っていた一言が言えなくなってしまった。
互いの気持ちを知りながらも友人のラインをぎりぎり超えないまま戯れている、そんな中途半端な関係を終わらせる一言。
罪悪感からそれを口にできなくなったマックスと、そんなマックスを見て口を閉ざした俺は、友人以上恋人未満の関係をしばらく続けていたが、それでも傍から見ると非常に親密な関係に見えたらしい。

そんな俺達ふたりの気持ちに勘付いて、頭を悩ませたのはマックスの両親だった。
責めたり反対されたりということはなかったが、どう受け止めていいか戸惑っているようだった。
マックスに聞けば、離れて暮らしてきた自分達両親に原因があるのではないかとふたりが話している所を聞いてしまったらしい。
そのふたつに因果関係などあるはずないのに、それらを結びつけてしまうほどに、彼らは悩んでいたのだろう。
そのことが更にマックスを追い詰めた。

同胞を裏切ることになってでも得たいと思った未来が、少しずつ遠のいていく。
それに対する焦りと不安の中で、俺が出来ることを考えた。
だが出来ることなどそう多くはなく、はっきりしていたのは自分がどうしたいかということだけだった。

「好きだ」

マックスの瞳が戸惑うように揺れる。
気持ちは俺と同じはずなのに、様々な想いとしがらみに雁字搦めになって動けないまま、俺を見る。

「傍にいて欲しいんだ。俺と一緒に来てくれないか」

沈んでいた青の瞳が瞬く。

「一緒にっテ……どこヘ?」
「どこへでも。行きたい所に」
「……そんなこと、出来ると思ウ?」
「出来るさ。お前と一緒なら」

根拠などない。
だが、その時の俺は、ふたりでならどんなことでも出来てしまえると本当に思ったのだ。

「マックス、俺と一緒に生きて欲しい」

マックスの目に涙が浮かんだ。
その雫が零れる前に、マックスが俺の腕の中に飛び込んできた。

俺はその体を強く抱きしめる。

「きっと良いことばかりじゃないネ。実際、レイはふるさとを失くしたじゃナイ。もっと辛いことがあるかもしれないヨ」
「大丈夫さ。ふたりでなら、何とかなる」
「そう、カナ……」
「ああ、だから-――」

心配そうにこちらを見上げるマックスの顔を覗き込む。

「ずっと、一緒に生きていこう」

大きな瞳に溜まった涙が、白い頬を伝う。
うん、と大きくひとつ頷いて、マックスが笑った。
久方ぶりに見る、明るい笑顔だった。

その時、俺の小さな腕の中には、ずっと欲しかった幸福があった。

そしてその幸福は、今も俺の腕の中にある。

あの後、俺達はふたりで生きていくために日本を出た。

そうして距離を置いたことが良かったのか、マックスの両親との関係は少しずつ改善していった。
マックスは両親と頻繁に連絡を取り合っており、今では彼らとやり取りをしている時の表情も明るい。
ふたりも、日本やアメリカに行った際には、俺を自宅に招いてくれるようになった。

以前、俺達の生活を心配したふたりから、日本で4人一緒に暮らさないかと言われたことがある。
ふたりが俺を家族として受け入れようとしてくれたことは嬉しかったが、不安げに寄り添い俺達を窺う姿を見て、まだ早いと思い、断った。
もしかしたら、これが最初で最後の誘いになるかもしれない。
例え彼らが俺を家族と認めてくれたとしても、共に暮らすことは難しいと考え直すかもしれない。
だが、焦って距離を縮めようとすれば、またマックスを苦しめることになると思った。
それに、俺は今のふたりきりの生活も気に入っていた。

もし完璧な幸福というものがあるのなら、今の俺達は当てはまらないだろう。
俺達は互いに手離した幸福がある。
しかし、これから先もきっと、俺達はその決断を悔いることはないだろう。
それは、今ある幸福と同時には手に入らないものだったからだ。

俺は、大きな代償と引き換えに得た、腕に眠る幸福にキスをした。

同タイトルのKinKiさんの曲をイメージしたレイマ。
甘々なレイマを目指したら随分くどい文章になってしまった気がします。
全てが上手くいっているわけではないけれど、失くしたものもあるけれど、それでもちゃんと幸せなんだよって話のつもりです。

ボク羽根はKinKiの曲の中で1番好きな曲です。
すごく幸せな歌詞なのにどこか切ない感じがして、主題歌だったドラマの最終回とも重なり、イントロを聞いただけでよく涙腺が潤みます。
以前はその切なさがメロディーによるものだと思っていたのですが、テゴマスの歌うボク羽根が同じアレンジなのに明るいラブソングになっていたのを聞いて、KinKiふたりの声による所も大きいのだなと思いました。

(15.07.20)

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