※捏造設定
初めてに会ったのは見合いの席だった。
所謂政略結婚というやつだ。
その時の彼女の様子は、漠然と美しかったと記憶しているが、はっきりと覚えてはいない。
何となく赤い着物を着ていたような気がするが、それぐらいしか思い出せない程、当時は自身に関心がなかった。
自分の胸の内を占めていた女性と旧友の存在が大きかったせいもあるだろう。
只、時折覗いた笑顔がひどく優しげだった。
そんなことをつらつらと考えながら、隣で桃を剥く、今では妻となった彼女を眺める。
普段から何をするにものんびりとしているは、桃もゆっくり、丁寧に剥いていく。
異なるのは、いつもは穏やかに微笑んでいる目が真剣に自分の手元を見つめていることだ。
「できた」
小さく歓声を上げ、が果物ナイフを置く。
タオルで手を拭き、少し不格好だけど、と桃を載せた皿をスザクに差し出した。
スザクはその中から一切れをつまみ上げる。
淡い桃色の果実は、久々にスザクが一日丸々休みになると聞いたが昨日買ってきた。
休日だけでなく、ゆっくり味わって食事をするのも久しぶりだ。
「どうかした?スザク」
桃を見つめたまま動かなくなってしまったスザクに、が心配そうに尋ねる。
スザクは何でもない、と微笑んで、桃を口に運ぶ。
みずみずしい甘さが口の中に広がった。
幸せだ、と思った。
かつてはこんなことを再び思える日が来るなんて想像すら出来なかった。
しかし、同時に怖いとも思う。
幸せだから、もしまたこの幸せを失うことになったら、と思うと、怖くて怖くて仕方がない。
スザクは桃をゆっくりと咀嚼し、恐怖と一緒に呑み込む。
今考えるべきなのはこんなことではない。
スザクは、皿を持ったまま嬉しそうに自分を見ているを抱き寄せる。
は驚いたように僅かに目を見開いたが、大人しくスザクの腕に収まった。
「食べさせて」
笑顔でねだれば、は頬をうっすら朱に染め、おずおずと桃を皿からつまみ、スザクの前に差し出した。
恥ずかしくてスザクを直視できないらしく、やや俯いて。
スザクは桃にかじりつき、ついでに役目を終えて引っ込めようとした、果汁で濡れたの指先を舐める。
が顔を真っ赤に染めて、非難の声を上げる。
スザクは悪戯の成功した子供のように笑い、妻の額に口付けた。
じんわりと汗ばむ初夏の午後。
それでも離れがたくて、縁側でくっついたまま並んで桃を食べた。
願わくば、愛しい人を守るだけの力が自分にありますように。
願 う